JOURNAL

綺麗なジュエリーの裏側のこと

「綺麗な薔薇には棘がある」 / アルフレッド・ジャー展で突きつけられた、ジュエリーの作り手としての責任

1. 「感性が鈍った人間」として会場へ向かった日

―「まあ、見てみるか」くらいの軽い気持ちだった

こんにちはjanukaの山本です。3月半ば、初台の東京オペラシティ アートギャラリーで開催されている『アルフレッド・ジャー:YOU AMD THE OTHERS』を訪れました。

この展示は、社会の不均衡や世界各地の出来事をテーマに、他者を否定せず「よく見て、考えること」を促すものです。前情報をなんとなくキャッチして行きましたが、正直なところ、自分はそこまで感受性が鋭いタイプではないと思っていました。むしろ「感性がまあまあ鈍った人間」だという自覚すらあったので、「まあ、見てみるか」くらいの軽い気持ちで足を運んだのです。

最初は、キャプションを読みながら「ああ、なるほどな……」「グラフィックいけてるなー」なんて思いながら進んでいきました。扱われているテーマも、どこか遠い過去の、遠い国の出来事のように感じていたのです。


2. ブラジルの金採掘場、その写真に、、、

―「遠い国の話」が一気に「自分事」に変わる

しかし、次の部屋に入った瞬間。

少し、あぁ、ってドキッとした。

そこに展示されていたのは、ブラジルの金の採掘場(セラ・ペラーダ)を捉えた写真でした。その瞬間、急にすべてが「自分事」になった感覚がありました。

私たちジュエリーを作る人間が日々扱う「金」。最近は価格高騰でニュースにもなる、あの「金」の大元です。

―映画『ブラッド・ダイヤモンド』のその先にある現実

もちろん、知識としては知っていました。映画『ブラッド・ダイヤモンド』 (紛争ダイヤモンド)も見たことがあるし、知っている。でも、今あらためてその現場を突きつけられました。

広大な土地を抉り、生態系を完全に破壊し、泥にまみれ、何の保証もない過酷な環境で働く数多の人々。指先に乗るほどの小さな塊を掘り出すために、どれほどの人命と環境が費やされているのか。それが精製され、磨き上げられ、美しくパッケージされた時、私たちはその裏側に存在する凄まじい代償を、いとも容易く忘れてしまいます。

私自身、ジュエリーを作る側の人間でありながら、その事実を心のどこかで「既知のこと」として棚上げしていたのだと、激しく痛感しました。


3. 「利益」や「資産」の視点に潜む、ある種の「気持ち悪さ」

―「上がる前に買う」という選択の裏側にあるもの

最近は世界情勢が不安定で、円安も進み、金の価値が上がっています。

「原材料が高騰しているから価格を見直さなきゃ」

「軒並みジュエリーの価格が上がっているから、上がる前に買わなきゃ」

「一生物の資産として持っておこう」

こうした消費者の心理やビジネスの論理は、痛いほど理解できます。私自身日々向き合っている課題でもあります。しかし、この展示を見たあとだと、それだけで考えるのは「なんかちょっと違うかも」という気持ちになりました。なんていうか、気持ち悪さ。何かを見落としている、自分の利益じゃない視点が欠けている……そんな違和感です。

―「棘」なんて、そんな優しいものじゃない

ジュエリーは綺麗なものです。でも、綺麗なものには裏側がある。「綺麗な薔薇には棘がある」と言いますが、この現実はそんなに情緒的で優しいものではありません。もっと鋭く、もっと残酷です。環境と人命を文字通り「削り取って」手に入れた素材を使って、私たちは一体、何を作っているのでしょうか。

石を掘るにも、貴金属を掘るにも、そこには犠牲がある。そのことを、作る側としても買う側としても、ちゃんと理解をしなくては。


4. 作る側の責任、買う側の意思

―「意味のないもの」を作ってはいないか。

貴重な素材を使いながら、意味のないものを作ってはいないか? 自分自身にそう問い直したとき、頭に浮かぶのは「すでに世の中にあふれているデザイン」のことです。

今のファッション業界では、ハイブランドが生み出したデザインが瞬く間にコピーされ、安価な類似品としてピラミッドの下へと降りていき、どこでも見かけるようになる現象が「普通のこと」になっています。でも、貴重な素材を使って似たようなものが溢れかえることに、一体どれほどの意味があるのでしょうか。

特に、私たちのような規模のブランドが、わざわざ既存のデザインをなぞる必要なんて全くありません。だから、janukaはもうある既存のデザインの模倣は絶対しません。

それは単なる「被りたくない」という意地ではなく、新しいものをゼロから生み出した人への最低限のリスペクトでもあります。

「生み出した人」へのリスペクトを欠いていないか

たとえば、ある商品が「少し安いから」という理由で、オリジナルを模倣した製品(パクリ)が選ばれることがあります。それは私たちのような小さなブランドにとって、単なる金銭的な痛手以上の、取り返しのつかないダメージになります。

新しいものをゼロから生み出す苦しみや、試行錯誤を経て形にしたデザインは、そのブランドの「資産」です。模倣は、その資産を勝手に踏みにじる行為であり、はっきり言えば「知的財産の泥棒」です。

新しい価値を生み出した人への賞賛やリスペクトが欠けた世界では、ものづくりは死んでしまいます。だからこそ、janukaとして、私たちは他者のクリエイティビティを侵害するようなことはしたくないし、そんな「意味のないもの」を作りません。

「選ぶこと」は、作り手への冒涜にもなり得る

そして、買う側の方にも知ってほしいのです。 模倣品を手に取るということは、そのデザインを命がけで生み出した人への「間接的な冒涜」に他なりません。

「何を買うか」は、単なる消費ではなく、どの考えに共感し、どの未来と過去を支持するかという意思表示です。背景にある物語を想像し、自分がその行動で誰を傷つけ、誰を肯定しているのか。

背景にあるストーリーを想像すること。作る側も買う側も、一度立ち止まって考えることは本当に大事です。


5. janukaとして、これから取り組んでいくこと

―「今あるものを活かす」という選択肢

最近、リメイクのご相談をいただく機会が多くなっています。新しいものを掘り起こすのではなく、すでに手元にあるものを新しく仕立て直すことは、この環境破壊的な目線で見ても、とても良いことなのかもしれないと感じました。

時期は未定ですが、リメイクに加え、地金の回収(買取)なども進めていこうと思っています。ジュエリーを扱う側として何ができるか、しなきゃいけないか。それをずっと考えていきたい。


6. おわりに:作品の一部として「加担」する実感

正直、今でも全然思ったことをうまく表現できていない気がします。でも、こういう展示はきっとそういうものなんだと思います。

展示の最後には、ポスターを一枚持って帰るという作品があります。自分が作品の一部に「加担」しているという実感をさらに強くさせる仕組み。その瞬間、「自分もこの問題に関わっているんだ」という感覚が生まれました。

背景を想像すること。自分はどの考えに共感して、その一品を選んでいるのか。

作る側も買う側も、少しだけ立ち止まって考える。

アルフレッド・ジャー展:あなたと私、世界のすべての人たち

東京オペラシティ アートギャラリーにて、3月29日(日)まで。

ぜひ、行ってみてください。おすすめです。

januka / 山本


info/

開催期間:2026/1/21 – 2026/3/29
場所  : 東京オペラシティタワー
〒163-1403 東京都新宿区西新宿3丁目20−2
営業時間:11:00 – 19:00